デザイン
 
アート
 
ロボット
 
バイオ
 
水都
川のねきへ行きまひょうや 〜大阪川床「北浜テラス」誕生(下)
川のねきへ行きまひょうや 〜大阪川床「北浜テラス」誕生(中)
川のねきへ行きまひょうや 〜大阪川床「北浜テラス」誕生(上)
水都の桜物語 〜冬を耐え苦難を超え、咲くやこの花
水都の桜物語 〜冬を耐え苦難を超え、咲くやこの花
住めば都・水澄めばもっと都 〜水都のシビアな水質問題(後編)
住めば都・水澄めばもっと都 〜水都のシビアな水質問題(前編)
水都でお茶を ~ 食事と川が結びつく「おいしい水辺」
水の都は未来景〜 いまだ誰も「見ずの都」再生へのプロローグ
 
食
 
トピックス
 
メディア
 
大阪万華鏡
水都イメージ
水都
「川のねきへ行きまひょうや 〜大阪川床「北浜テラス」誕生(下)

川床の構造に議論百出
Yピア川床工事

Y'sピアの川床工事。
川床のために床レベルまで外壁を全て取り除く作業

 2008年夏。川床の実施は現実味を帯びてきたものの、課題は山積していた。消防法や建築基準法は、川床の扱いを「準用工作物」でない、という見解をもらいクリアできた。しかし、前例のない川床の構造、景観、意匠をどう考えるか。特にコスト面は重要だった。川床設営の費用は各店舗の自己負担となる。どの程度のグレードで作るべきなのか。NPO連のメンバーと、店主、ビルオーナーは何度も話し合い、議論を重ねた。
 参考となるべき京都の川床は、組立・分解できる部材で製作されているものが多い。その方式のものを作るには準備期間もコストもかかる。部材をストックする場所も必要だ。議論の結果、今回は1回限りで解体・撤去する形態で実施することになった。
 NPO「水辺のまち再生プロジェクト」の松本拓氏は、本職の建築家のスキルを川床の検討に注いだ。「長い目で見れば、来年以降を見据えて、しっかりした構造のものを作る方がトータルコストも安い」松本は言う。「ですが、前例のない試行錯誤の中で一足飛びにそこまでは行けません」。今回は一ヶ月限定と割り切って、レンタル品の工事用足場材で組み立て、床や手すりに板材を用いて仕上げた。「この次は、京都のような本格的な構造の川床にしたい。そこで長期間営業してもらって建設費用を回収してほしい」と松本氏は話す。
川床への一念、壁を貫く
 川床参加店舗のひとつ「泉州旬味・十六夜」が入居するビル「Y'sピア北浜」のオーナー山根秀宣氏は、不動産業の傍ら「大阪まちプロデュース」を主宰し、まちづくり活動も展開している。山根氏はこの「旧・花外楼ビル」を2年前に購入した。「建物に一目惚れでした。川に面するロケ−ションと、この地の歴史性に」。西隣の花外楼本店は大阪会議*が開かれた名高い料亭である。「北浜が近代日本を作った」を持論とする山根氏は、不動産業者としての視点ではなくて、大阪を愛する者としてこのビルに強く惹かれたのだった。
 当然、頭の中には川床の構想もあった。店舗テナントもその点は了承済みである。しかし、いざ川床を出すとなると窓の形状に問題があった。掃き出し窓でなく、壁が腰まである。川床へのアクセスはどうするのか。階段を付けるのか別の出入口を設けるのか・・・・。山根氏の解決法は大胆だった。「壁を取り除いて全面サッシに替える」オーナーとしてのひとつの決意の表れだった。既存の窓と外壁を撤去し、全面を川を臨む開口部にする。その工事は川床メイキングのひとつのハイライトとなった。
川床十六夜,川床屋形船

<左の画像>「泉州旬味・十六夜」の夜の川床。夜景と川風も最高の肴。
<右画像>川床の眼下を屋形船が通る。これぞ「水都」の風景!

川床オープン

2008年10月1日朝のオープンセレモニー。
川床と船上で「大阪締め」

 かくして2008年10月、大阪川床「北浜テラス」は現実のものとなった。蓋を開けてみれば、事前の様々な心配をよそに3店とも連日予約が取れないほどの大盛況。メディアにも多く取り上げられた。訪れた知事も絶賛した。そして、惜しまれつつ約1ヶ月の営業を終えた。
 今回の試行錯誤を経て、川床は2009年の本格実施へと移行する。参加店舗を増やし期間も長くする。地元が主体になって「川床協議会」の設立も既に動き出している。 期待もふくらむ。船から川床へ直接アクセスできるようになると面白い。飲食店以外の川床があっても良い。いずれは1年中川床が楽しめるように。いや川床は新しい大阪の風物詩。季節限定の名物にした方が良いのではないか。・・・展望は尽きない。川床の冒険は続く。

*大阪会議
 明治8年(1875年)に明治政府の要人である大久保利通・木戸孝允・板垣退助らが北浜の料亭「加賀伊(かがい)」で協議し、三権分立・二院制議会確立・漸次立憲などに合意した。成果を祝して、木戸孝允は料亭を「花外楼」と改名、看板を揮ごうした。
 当時の花外楼は現在より東にあった(現在のY'sピア北浜付近か?)と言われている。これにちなみ、Y's北浜ピアはビルのファサードに大阪会議関係偉人の肖像画レリーフを掲げている。

平成21年1月27日
文:大阪ブランドグループ コバヤシタクジ

●大阪まちプロデュース
街づくりに関する 大阪・関西各地に元から有る魅力を活かして大阪・関西のまちづくりを考え、研究、企画、提言、街に対する新しい視点の提案などの活動を行っている。
http://www.yamane-e.com/omp.htm

筆者プロフィール
コバヤシタクジ
本職のランドスケープデザインの傍ら、「NPO水辺のまち再生プロジェクト」理事、非営利市民団体「アメニシティおおさかネットワーク」代表など、地域魅力の発掘や利活用を目指した市民目線のまちづかい活動を実践。技術士(建設部門:都市及び地方計画、建設環境) 
weblog http://ameblo.jp/amenicity2005/